Bittersweet Maybe - Bubble Talk -

Status Message:周回遅れのビール日記(順不同)

あの頃の思い出を振り返ると

コロナ禍、行動自粛要請が厳しくてどこにも行けなかったみんなで、「ここに行こう」という催しを何度かした。特に首都圏に住む人たちは、東京都の感染者数が多かったため、「帰ってくるな!」という目で見られるので、政府や自治体の要請以上に家族の要請が強かった。でも、数は多かったけど、人口比率ってものもあるし――と、自分にも心の声があったけど、結局実家には帰らなかった。年老いた母も来てほしくなさそうで、「自分がそちらに行く」と言っていた。その後で逡巡(しゅんじゅん)して言うのだ。「でも感染しそうだからやめとく」と。
コロナ禍中盤頃、結婚を決めた人が2人いた。九州の若者は言っていた。「僕は(未来のお嫁さんと一緒に挨拶に)帰ろうと思ったんですよ。そしたら、ばあちゃんから手紙が来て、今じゃないだろみたいな話だったんで、もういいと思って行きませんでした」 青森の青年は言っていた。「うちも、向こうの家(奥さんになる方の北陸の実家)も、こっそり(隣近所に)知られないように行きました」
結婚を前にしていてもそんなふうだったのだから、通常の帰省なんて無理無理!
というわけで、長いお休みがあっても帰省や友達との再会もなく、引きこもるしかない仲間たちで何かすることがあって、その中から“いつメン”は生まれた。


コロナ禍の3年間、特に2021年度は家族単位の行動ばかりになった。職場に行かず在宅勤務する人も多かった。地域のコミュニティも活動を停止した。わたしの田舎でさえ、隣近所同士の茶飲み話などもなくなっていた。
そんな中、“いつメン”は、言ってみれば家族だったのだ。何度か書いているが、職場では毎日会っていて、お互いの生活を知っている。社員寮に単身で住んでいる人は、家族がウィルスを持ち帰ることもない。ご飯をどんなふうに用意して食べているか、どういう行動を普段しているかも知っている。職場でのリスクは見て分かる。だから行動を共にすることができた。
社員寮に住んでいても、奥さんが外で仕事をしていたり、お子さんが何人かいて幼稚園や学校に行っている人との行動は、お互いになんとなく控える。
ちなみにわたしは単身生活ではなかったが、相手は0%に近いくらいノーリスクな引きこもり生活をしていた。


わたしの数えるほどしかいない友人と言える人とも、外で会うことはなかった年だ。

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