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Status Message:周回遅れのビール日記(順不同)

たまに出勤、自宅待機後半:日記2

★今後の業務のこと★
5/11
Ms.馬車馬の新体制に絶望して悶々とする週末を過ごしたが、このままではいけない。
引きずられないようにしなければ。


考えないよう、他のことで忙しくする。
帰るときは何か儀式をして、職場の自分を脱ぎ捨てる(公園で涼むとかでもなんでもいい、決まったものにすると効く。
金曜など休み前はおいしいビールを飲んで、週日の自分を脱ぎ捨てる(おいしいの重要、高いの少しとかのほうが効果ある)。


5/15
どうでもいいやという気持ちと、それでも気になる気持ちが交互に襲ってくる。
もう仕事に行きたくない。でも収入がないと生活できない。
とにかくただ言われたことをして、時間を過ごして給料をもらうんだ、と自分に言い聞かせる。
考えても仕方ない。また3年もしたら変わる(人が変わるもの)。いつだってそういうものなんだから。と言い聞かせる。



★人とのつきあい★
5/8
りーりちゃんと電話。
いろんな話をしたけど、その中でりーりちゃんが「テレワークは通勤が長い自分にとっては楽でいい」「けど、職場に行っても人が少なくて人と話さない」「話したいと思う」という内容のことを言っていて、ほっとした。わたしだけじゃないんだな、人と接したい気持ち。


りーりちゃんは自宅待機前半の電話で「いいじゃーん、これをやれっていうこともない自宅待機なら、自分ならたまってたもの見たり、読みたかったもの読んだりするよー」と言っていて、自分て人への依存傾向が強いのかなと思ったり、りーりちゃんはすごいなと思ったりした。
それだけに、りーりちゃんもそう思うんだ、というのは安心したっていうか。


5/10
てんさんとオンライン家で午後飲み。
てんさんは頻繁に連絡を取る感じじゃない。
てんさんもメンタル的に調子のよくないときもあるので(わたしたち似てるのかも)、「どうしてる?」的なLINEをしてもひと言の返事で終わることもある(わたしのほうも察してそこで終わりにするので、すぐ終わる)。


この日はいい日だった。楽しかった。
元気出た。


5/11
出勤。非正規雇用者のひとりとランチ。
新型コロナウイルスの影響でちょっと悩みのある話を聞く(ほんとにいろんな問題があるのだなと思った)。
話をちゃんと聞けたと思う。自分の話もかなりしちゃったけど。


でもちゃんと話を聞けたことに満足。


5/12
引きこもりで人と会う機会も減っていて、そして職場に行っても用のない正規雇用者とあまり話さなくなっている。正規雇用者とは、これまで多少親しみを感じていた人にも、これまでにない溝を感じる。
そんな中、この日、憧れプリンスが前に「みんなでオンライン飲み会しましょう」とグループに言っていたので、ちょっと探りを入れてみる。


けっこうやってる、週1か2くらい。という返事になぜか凹む。
正規雇用者同士はやっているんだ、たくさん、あちこちで。
この感染のために、今後も対面の飲み会はあまりなかったりして、わたしはたぶん職場でのささやかな飲み仲間も失うんだろう。と未来予想が頭に浮かんできて凹む。
すぐダークフォース方向に走るメンタリティになっている今、すぐ闇の煙が自分を取り巻くな。


その後、他の人に「**さんはオンライン飲み会とかやったんですか?」と送ったものに「自宅でお酒は飲むけれどオンライン飲み会はやっていない」という返事が来て、「正規雇用者同士はやっているんだ、たくさん、あちこちで」が認知の歪みだったのかなと少し落ち着く。


で、そのあと「もしよかったらやってみませんか」に翌日になっても返信がなく、「気が向かなかったら遠慮なくそう答えてください」と言ったけど「やっぱり気がのらないが、そうはっきり言うのもな」とスルーされてるのかな?と若干凹む。


わたしは好かれたい思い(自己承認欲求?)が強すぎるのかなー


5/15
りーりちゃんに頼みごとがあって「1分電話したい」とLINE。
気軽に応じてくれて、本当に1~2分電話。
緊急事態宣言中、りーりちゃんには何度かつきあってもらって、ありがたかった。


5/16
職場の飲み仲間だった正規雇用者とオンライン飲み会をすることになった。


出勤を減らそうということになってから、正規雇用者との間の溝を感じていた。
非正規は完全出社停止で、正規はシフト勤務で部署に1人くらいは勤務という前半だったからだ。でも後半は自分も週に1回くらいは出ることになり、正規も出ない人は週1くらいになって、ましになった。


3人お誘いしたうちの2人が、時間を決めたりする連絡の間そこそこ楽しそうに思えて、わたしのテンションを上げた。


終わってみると、やっぱり溝はあるもんだ。
わたしの知らないこと多いし。



★職業によって減ったり増えたり★
職場の最寄り駅には、いつも朝はタクシーが何台もいる。
「若干大きな通勤場所がいくつかあるところだが、どれも歩くと駅から15~20分」みたいな土地で、ちょっと電車が遅れちゃったら「走っても間に合わない!」という人がよく乗る。わたしもそういうこと、たまにある。
でも、出勤があちこちで減って、タクシーは待ちが多くなってた。
この駅の場合は夜は停まってないことが多いけど、繁華街だと終電すぎにはたくさんいる。けど今はいないんだろうな、あまり。外食は20時に閉めるよう要請されてるし、開けてても自粛で人がいないし。と思った。


隣接する組織の食堂。そこにはいろんな人が食べにくる。その組織は、たとえば大きめの病院で、敷地内に病院も研究所も神経医療センターも放射線治療センターもあるとする。そういう建物からお昼を食べに人が集まってくる。食堂はいつも大混雑。
でも病院も診療も減らし、面会も原則禁止、どの建物も人を減らし、食堂は閑古鳥。年末年始とかの長期休み以上の閑古鳥。
間隔をあけてテーブルを配置し、テーブルには椅子1つ。相席はできないように配置直し。それでもがらがら。


ニュースを見ると、相談はこちらの案内がずっと流れていたりする。
本当に。今は相談多いだろうな。そういう仕事の需要も多いだろうなと思う。
そう深刻でない悩みも、「こんなこと、人に言えない」気持ちは大きくなる。いろんな批判、「亡くなってる人もいるのに、そんなちっぽけなこと言うなんて」「もっと大変な人もいるのに、そんなことで悩んだり相談したりするな」って言われないかな思われないかな、そんな不安で言えなくなると、小さかった悩みも増幅する。
仕事で聞いてくれる人たちは面と向かってそういう批判や非難はしない。こういうところへの相談はさらに増えてるだろうな。


特養で働いている友人がいる。かつての資格試験仲間。わたしは受け終わったけど、彼女は4年計画だったので次に受ける。
特養の仕事は減らない。オンライン介護ってわけにもいかないし、家に帰ってもらうわけにもいかない。
感染のリスクも、不安もある中で、やっていかなきゃならない。3密を避けてくださいと言っても、避けられない作業もある。いろいろな防護をしているだろうけど、それでもリスクは高いだろうし、そして防護をするためにたぶん作業量が増えて疲労がたまっていると思う。


宅配の人は業務が増えたよね。
うちはもともとオンラインで買うことが多かった。注文するとだいたいいつも配送時間は決まってた。
配送センターみたいなの比較的近いらしく、朝何時に配送開始して、だいたい8時30分~9時の間に来る。だから日時指定ってしたことなかった。
注文したらだいたいはすぐに発送される。翌々日の8時30分~9時くらいに来る。
今は読めない。忙しいんだろうな、と思う。今までより朝早くから動くとしたら、遠いところに行ってそこから帰るほうが時間効率いいかもしれない。だいたい午後になった。
置き配も増えたし、インターホンでこちらを呼ばずに宅配ボックスに入れていくことも増えたようだ。
それでもクール便のような手渡ししなければならないものもある。マスクを忘れてドアを開けるとごめんなさいと思う。
最近は忘れなくなったというか、開ける前に気づくようになった。習慣になったんだな。



★世の中が自分に与える影響★
正直なところ、緊急事態宣言の後半では、「解除を検討」と言われても嬉しいかどうか微妙だった。
もう「5/31まで」と思っているので、予定が変わることが得意でないわたしは「きりのいい5/31でいいよ」と思えてしまった。今年度の新体制の全容が分かって絶望し、仕事に行きたいとも思わなくなってたし。
予定が変わるのが得意でないので、「いついつ再検討」え!じゃいつ決まるの!?みたいなのが苦手。どうなるか分からない状態が苦手。
しかも5/31って日曜日だし、きりがいい。自分の中のスケジュール機能が「5/31」をすごくしっかり認識してる。


でもそういった動きや感染者数推移を見ていると、東京都も6月さらに延長はないだろうなと思えた。
世界は経済を動かすことに比重を傾けはじめ、まだ完全終息とは言えないかも?と思っても「最大多数の最大幸福」の道をとっているように見えた。
感染がまた増えるリスク、死者がまた出てしまうリスクをおかしてでも、経済が死んでしまうのを止めるという折衷路線。


世の中が経済やもともとあった社会のあり方を求めて動き始めると、なんだかわたし個人のメンタルにも安定を与えたようだ。
不安な気持ちが減り、くいとめようとしてもネガティブな方向に向いてしまう心をましにした。


自警団を連想させるような怖い話も数が減り、たぶん多くの人も同じなのかなと思った。


薬が開発されていることも大きいのだろうけど、世界中で長いトンネルを抜けかけている気分なんじゃないだろうかと思った。
この「先の見通し」というのは大事なんだと思った。「これはきっと終わる」とか「いついつくらいには落ち着く」とか「こうなっていくだろう」とか。
わたしは先読みしすぎて不安が大きくなるのでいつも困るけれど、先がまったく読めないというのはきついんだ。


「出口」という言い方はうまいものだと思った。
暗い長いトンネルを歩き続けていて、前方に出口の明るい光が見えたイメージ。
出た先が夜でないといいが。


まあ、要するに、使い古されたうまくもない言い方をすると、「希望」ってことだと思う。



★温度差★
感染者数の多い土地と少ない土地では意識が違うという話を職場の人がオンライン飲み会でしていた。


毎月利用者から集めて提出しなきゃいけない書類。「今閉鎖しているので利用者は来ていないから、今月は提出ができない」と言うと、「今月中に利用者がこれこれこうなったらどうするんですか?」と少ない地域は言う。東京や神奈川は「分かりました」とすぐ言う。


わたしがここで何かをつぶやいてても、受け取り手によって変わるんだろうな。


でも言ってしまえば人はみんなそれぞれ個別の存在。
新型コロナとは関係なく、いつでも受け取り手によって受け取り方は違うだろうけど。


5/17
できるだけ出社しない期間が延びてからの1週間。たった1週間なのに気持ちの持ちようかな?長く感じた。
明日はまた出社。


長くなったので、この記事はここでクローズにしよう。

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