2024.01.08|夫とビア巡り② 新井薬師でお参りする


高円寺から中野に電車異動し、夫と一緒に新井(あらい)薬師(やくし)を目指す。
商店街とひと口に言っても、下町風のお店がこれでもかとぎっしり詰まっているストリートもあれば、お洒落なお店やかっこいいお店が立ち並ぶ通りもある。
この辺りは、居住区でもあり商店街でもありという雰囲気。素敵だと思ってふと足を止めたけど、お店なのか個人宅なのか分からない建物もあった――そのどちらでもない何か、アトリエとか工房とか、そういう可能性もあるのかな?
晴天で、冬らしい青空が広がっていた。こういう日の散策は楽しいね。
新井薬師に着き、門をくぐってひとめぐり。お参りの列に並んで新年のご挨拶をした。
「喪中」という期間については、現代では「四十九日まで」が一般的らしいが、家や個人の考えによって違うだろう。夫は「一周忌まで」と考えている。だから、「まだ喪中だから」と初詣は避けた。神社に別の用で行っても鳥居もくぐらないようにしていた。
この日はもう三が日ではなく、成人の日付近の週末だったが、お参りの人は大毬さんと来た秋のときより多かった。夫と共にお参り。ここは神社ではなくお寺だからだ。
喪中の禁忌(きんき)は神道(しんとう)の場合だ。仏教では先祖を大事にする考え方が大きいので、むしろお参りはよいことだと捉えられる。これは、今のネットに溢れている情報なので、昔からそういうルールだったのかどうか分からない。
初詣だけでなく、その他の楽しいこと(宴会参加やレジャーなど)も喪中は控えることになる。商業的な側面もあるので、「いつまでそういうことをしてはいけないのか」と聞かれた葬儀社や宗教関係者が、「確かに昔は1年だったが、現代では社会の事情に合わせて四十九日までとする考え方」「やむを得ず初詣その他行くときは、行く神社に問い合わせたり、お祓いをしてもらったりすればよいのではないか」と答えることが増えたのだろうと(勝手に)思っている。それらがネットに一度流れれば、次から答える人はそれに倣う。そして常識が形成されたり、書き変わっていったりするのかな、と思いめぐらせている。
お寺だからよい、故人や祖先を思ってお参りするのだからむしろよい、ということで、夫もお参り。お線香もいただいて、常香炉に据えた。煙も浴びた。
わたしはおみくじも引く。いつからこんなに毎回おみくじを引くようになったのだろう。
吉だったが、内容には思い当たることがなかった。現在の状況と合っていなかったからだ。今後、そういうことが必要になるのかもしれないから、注意しておこう。心の甘さは×。慢心も怠惰も心の甘さからくる。初心を忘れず自分を戒めることも大切。先頭に漢字1文字が大きく書かれているが、「初」だった。
――今のわたしにとっての初心って、何かな。なんだか二転三転していたり、人生が取り散らかっていたりして、スタート地点なんてない、というか常に違う方向にスタートしているみたいで分からない。
「時間じゃないの? 予約してるんでしょ?」と心配する夫に、大丈夫大丈夫と言いながらゆっくりお参りし、結局最後はお店までの道を急いで歩いた。
2、3分遅れても平気よ、と考えないで予定時間を守ることは大切かも。まずはそこから初心に帰ろう。自分がそのお店で働いている立場だったら、時間守ってよと思うかもしれない。
確か、こっちだよ!
こっちからも行けるんじゃない?
行けると思うけど……
等等等。
To be continued…